福岡高等裁判所 昭和42年(う)354号 判決 1967年9月11日
被告人 H・Z(昭二〇・一一・一九生)
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人緒方英三郎提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。
一 論旨第一点(法律適用の誤の主張)について
所論は、昭和三九年四月一四日福岡家庭裁判所小倉支部において、当時少年であつた被告人に対してなされた特別少年院送致決定の罪となるべき事実のなかには、本件殺人の事実も含まれているとみざるをえない(さらに○上○一および○志○実に対する殺意の発生時期にてらし、右両名に対する監禁と殺害の行為の間には牽連犯の関係が存するものと思われる)ので、本件殺人の事実について改めて刑事訴追をすることは、少年法第四六条の規定により許されず、従つて原裁判所としては一事不再理の原則の適用により、本件に対し免訴または公訴棄却の裁判をして然るべきであつたのに、ことここに出でずして審理をすすめ有罪判決をするに至つたのは、法律適用の誤をおかしたにほかならないというのである。
よつて審按するに、福岡家庭裁判所小倉支部昭和三九年(少)第六一二号少年保護事件記録および調査記録をさらに精査すれば、そこには逮捕監禁保護事件と明記されているばかりでなく、裁判官渡辺利通が同年三月一九日検察官より事件の送致を受くるや同日逮捕監禁保護事件として被告人につき観護措置決定をしていること、家庭裁判所調査官松垣親太郎作成の少年調査票の非行欄に、検察官送致書(甲)において検察官が審判に付すべき事実としてペン書きで特記した逮捕監禁の事実と同一の事実が記載されていることが認められるので、同裁判所における審判の経過を推認させるこのような事実を附記するほか、当裁判所も原判決が(弁護人の主張に対する判断)の欄において詳細かつ正当に説示すると同一の理由により、本件殺人の事実は当時前示決定の対象となつた犯罪事実に含まれておらず(ことに原判決の挙示する○田○孝、○下○貴および被告人のそれぞれ検察官に対する供述調書謄本によれば、本件発覚直後△△組内部のとりきめにより、○田、○下の両名において殺人の全責任を負うことになり、被告人は本件犯行に加担したことを秘匿し続けたため、監禁罪のみが問題として残った経緯が明らかである。なお、原判決の牽連犯否定の判断にも誤は存しない)、従つて右決定の効力は本件犯罪事実に及ばないので、原裁判所が本件殺人事件につき審理の上処断するに至つたことについて、所論のような法律適用の誤があるものとは認められない。論旨は理由がない。
一 論旨第二点(量刑不当の主張)について
所論は原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるというのであるが、記録ならびに証拠に現われた本件犯罪の動機、手段、方法、態様、罪質、被告人の年齢、性格、素行、経歴ことに非行歴、被害の状況および犯罪後の情状その他諸般の情状にてらせば、所論の被告人に有利に帰すべき諸点を十分参酌考量しても、原判決の刑の量定は相当であつて、所論のように重きに過ぎるものとは認められない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法第二一条、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 厚地政信 裁判官 淵上寿 裁判官 武智保之助)
参考二
弁護人緒方英三郎の控訴趣意
控訴申立の趣旨
原判決は被告人に対し懲役六年の有罪判決をしたが、同判決には法律の適用の誤りがある。本件に付ては一事不再理の原則の適用により免訴または公訴棄却の判決を言渡すべき事案である。仮りに然らずとするも量刑重きに過ぎる。仍て御庁に対し控訴した。
控訴申立の理由
(一) 特別少年院送致決定は殺人罪を含むか。
一、本件殺人の事実は、昭和三八年一二月○日、北九州市小倉区○○○町、○川上流の○○橋付近河原において、○上○一および○志○実両名を殺害した殺人罪の事実である。
二、被告人はその当時少年であつたが、事件後間もなく「逮捕監禁、殺人、死体遺棄」の罪名で逮捕、勾留せられ、昭和三九年二月二九日、小倉警察署より福岡地方検察庁小倉支部に送致せられ更に同年三月一九日同検察庁より福岡家庭裁判所小倉支部に送致せられ、同年四月一四日、同裁判所において、特別少年院送致決定が為された。
三、本件の公訴事実と前記昭和三九年に少年事件として処理せられた殺人事実とは同一の殺人事実であり本件は所謂、掘り起し作戦の一環として起訴されたものである。
四、本件において、前記特別少年院送致決定が殺人罪をも審判したのか、それとも監禁罪のみに付て審判したのかが本件の争点であり若し前記の審判ずみとの解釈によれば本件は一事不再理となり、少年法第四六条の適用を見て免訴または公訴棄却の御判決あるべきである。
五、では次にその点に付て詳細に考察する。
(1) 昭和三九年四月一四日の前記家庭裁判所の少年院送致決定は
A 事実として、昭和三九年三月一九日付、検察官作成の送致書記載の通りとして引用している。
B 罪名の表示は「逮捕監禁」と表示し適条も監禁の条文を引いている。
(2) 然して前記引用せられた検察官の送致書は、
A 事実として「司法警察員事件送致書記載の犯罪事実」と不動文字で印刷しその余白にペン書きで監禁事実を書いてある。
B 罪名は「逮捕監禁」と表示し
C 処分意見は「刑事処分相当」としてある。
(3) 更に遡つて、昭和三九年二月二九日附司法警察員作成の事件送致書を見るに、
A 罪名は「逮捕監禁、殺人、死体遺棄」となつており、
B 犯罪事実としては、之等一連の事実を書き流してある。
六、右に付て原判決は前記の決定は監禁事実に付てのみの決定で、殺人事実は含まれていないと考えその理由として
A 検察官が司法警察員送致書記載の事実の中から監禁罪のみを採り上げて書き改め法律的に構成し直していること。
B 家庭裁判所の審理の経過
C 罰条
等を綜合して右の通り解釈している。
七、然しながら「審理の経過」なるものは漠然として抽象的であり、何を指すものか明らかでない。従つて原判決の考え方はその理由を前記AおよびCの二つの理由に要約できる。
八、右の中の罰条が監禁になつているから監禁の事実のみに付て決定したものとの考えには賛成出来ない。刑事訴訟法においても認定した事実と適条にくいちがいがあればそれは適条の誤りであり、事実がこれに拘束されるものでない事は多言を要しない。要するに事実は適条に優先する。
九、然らばAの理由即ち司法警察員の送致事実中から検察官が監禁事実のみを法律的に構成し直していること、それが前記解釈の原因となり得るだろうか。なる程それは一つの重要な根拠となつているかも知れない。しかしそれならば「司法警察員事件送致書記載の犯罪事実」なる厳然たる文言はどうなるのか。それは当然抹消されているものとして、その存在に眼をつぶるのであろうか。原判決が「審判の対象としたのは右監禁の事実のみであつたものと解するのが相当である」と言うのは、換言すれば
「検察官は司法警察員事件送致書記載の犯罪事実なる不動文字の抹消を忘れたもので検察官は監禁事実のみに付て家裁に送致したものであろう。しかして家裁はその監禁事実のみに付て審判しその意味で決定書を書いたものであろう」と考えているのである。
十、しかしながらそれは家裁決定書および検察官の送致書の客観的解釈ではなく、それはその家裁の裁判官および検察官の内心的意思を推定したものである。この際に必要なのはかかる書類作成者の意思の探究ではなくその客観的な評価乃至解釈である。例えば裁判官が窃盗の事実を判決書の中に記載し後日になつて「あれは詐欺罪の心算で書いたものだ」と言つても事実は窃盗にとどまり詐欺罪とはならない。裁判書と言うものは、その作成者の内心的意思によつて内容が変わるのではなくもつと厳然たる客観的存在なのである。
十一、弁護人は「要するに、抹消もれであるにせよ、ないにせよ司法警察員事件送致書の中の殺人事実が検察官の送致書で生きており、また家裁の決定書でも生きている以上、書類作成者の内心的意思とは無関係に、そして適条の誤りを排除して、それは少年院送致決定の中の事実として表示されているのだ」と考える。
十二、原判決は事態の救済に腐心しているような印象を与える。しかし裁判書の客観性、信頼性というものはそれ以上に重要なものであると思う。
十三、更に少年保護事件記録を検討するとその記録の中には死亡診断書、被告人(少年)の殺人事実に対する自白調書、共犯者達の被告人(少年)の殺人の罪責を肯認した供述調書多数が含まれ、証拠書類の上から見てもその当時殺人を審判の対象に含め得る状況であつた事は明瞭である。
十四、また、検察庁の事件処理の状況から見ても、同検察庁は当時少年H・Zに対する「逮捕監禁、殺人、死体遺棄」の事件送致を受け、その事件全部を前記家裁に送致している。監禁のみを送つたのならば殺人等は「嫌疑なし」「中止」「未済」等何等かの形で処理されているか、若しくは残つているはずであるが弁護人の調査では、その全事実を家裁に送り処理ずみとなつている。(原審はこの点に関する弁護人の証人請求を却下して取調べない)
十五、以上述べた処で弁護人の主張は明らかである。本件は一事不再理の原則に違背する。
(二) 牽連犯の問題
一、少年保護事件記録の被告人(少年)の供述調書によれば被告人は喫茶店「○昏」から被害者二人を連れ出す時に、人気のない処に連れて行き「ヤキ」を入れると思つたと述べている。しかして被告人は堤防上で見張りをし、実行行為者が殺人を為したならば、刑法第三八条第二項の問題となり共犯責任は成立する。その関係において牽連犯が問題となつてくる。
二、本件原審において、被告人は行橋市○○町所在、○○組事務所より被害者二人を連れ出す時未必の殺意のあつた事を認めている。
三、しかして原判決は殺意の発生時期を更にくり下げて、犯行現場である旨判示している。
四、このように殺意の発生時期をくり下げる時は主観的な牽連が薄れてくる。
五、「人気なき場所での殺人」という犯罪形態と「その場所迄自動車で被害者を強制的に連行するための自動車内の監禁」には通常の手段結果の関係があると思う。
六、いずれにしてもこの件は殺意の発生時期の認定のしかたでどのようにも左右される。弁護人は牽連犯の疑いの存する事を指摘するにとどめる。
(三) 量刑
一、被告人は犯行当時一八歳の少年であつた。
二、被告人はその当時の捜査において自己の殺害現場での見張り行為を全部認め、殺人罪で処理できる十分なる証拠があつた。
三、若し一事不再理できないとすれば既に当時被告人は認めていたのに、殊更に殺人を除外して、二回に分けて刑責を追及した形となる。
四、被告人としては、少年当時既に一切審判で済んでいた心算であつた。
五、本件は△△組幹部に対する掘り起こし作戦の一環としてこれら幹部の証拠蒐集のための意味で起訴せられた感じがある。
六、被告人の行為は幹部(○口○行)から強制されて見張りをしたに過ぎない。
七、被告人が△△組に出入りしたのは原判決も認める如く二ヶ月程度に過ぎない。
八、被告人の実家は「すし店」「バー」等を経営し身許も確実である。
これを綜合すると、原審の量刑、六年の懲役刑は重きに過ぎる。